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カウアイ修行( ノーリーシュコードの巻)

夏の暑い時期、皆様どうお過ごしでしょうか?

前回の記事 氣サーフボードとの出逢いの続編で、氣サーフボードを与えてくれた「西村栄治」

と共に初のカウアイ島に連れていってもらった話をしようと思います。

メンバーは、「サーフ虎の穴」唐津メンバーで皆んなDOVE teamだ。

カウアイ島は自身初めてで何も知らない状態で、ただついていった。

しかし、氣サーフボードの乗り手としての入団テストはもう始まっていたのだ。

僕は与えられた10’GUNだけ持っていき、世界でも有名なポイント「ハナレイ」でサーフできるのが楽しみだったのだが、まずは陸での修行もあったのだ。

「サーフ虎の穴」メンバーと宿も食事も全ての行動が一緒であった。

これは全部おんぶに抱っこ状態だ。

芸人に言うところの「師匠の鞄持ち」の様なものだったと今は思う。

西村栄治のルールブック(絶対服従)

①朝5時に起き、コーヒーと、朝ごはんを皆の分作るべし。(味噌汁とサラダ必須)

②食べたものを片付け、ウェットやボードをみんなの分車に詰め込むべし。

③サーフィンはメンバー最初に入り、最後にあがるべし。

2日に一度は洗濯物をするべし。

⑤2ラウンド前にコーヒーと昼食の準備するべし

⑥夜飯と風呂の準備をするべし

⑦場合によってはマッサージをするべし

⑧就寝は10時にはするべし

これが最初の年は1ヶ月間毎日だ。

間違えて、「ヤクザの部屋住み」にでもきたのかと思った。

そして、できていないと、癖の強い唐津弁で容赦無く突っ込まれた。

何回か腹立って言い返しそうになったが、優しい先輩に解きほぐされた。

海では毎日「ハナレイポイント」でGUN1本。

しかも、「ノーリーシュ」だ。

このポイントは唯一「ノーリーシュ」が当時許されていた。

河口に面してるので、流しても人に当たる可能性は少ないし、古いポイントなので暗黙の了解で、ノーリーシュの人が多い。

その代わり、流したら1キロ近く泳がされる羽目になる。

ハナレイポイントは、ライトの波で、とても広い棚で、いい波に乗れば500m以上はゆうにのれる。

おもに、インサイドボウルと、アウトのフラットロックがあり、水量がやばく20feetのどチューブが綺麗にわれ、さらにインサイドボウルで強烈に巻き込み馬鹿でかく美しいいチューブが最後まで続く。

本当に半端じゃない波で、もちろん有名サーファーが沢山いる。

当時のトップは「レイアードハミルトン」だった。

いつもSUPで凄い技で乗りまくり「恐竜」の様に見えた。

  1. そんなある日、初めて氣サーフボードシェイパー「櫛本さん」を紹介された。

挨拶して海を見ながらボーッとして無言が続いたので思いっきり質問をぶつけてみた。

「どうしたらあなたの様にビックウェーバーで食っていけますか・・・?」

返答がなかったのを覚えている。

それから、毎日海で合い、彼の乗り方、波待ちのしかたなどを観察してコピーした。

そして、だんだんとこの分厚く重たいGUNを、この波でうまく滑れる様になってきた。

そんな時は、栄治さんや先輩から褒めてもらい、ランチをたらふく食わせてもらった。

そして、帰る一週間前めちゃくちゃでかい低気圧がきた。

カウアイ島はハワイでも一番最初んいウネリがくるのでダイレクトの綺麗なウネリを拾う。

当時鼻くそだった僕は眠れなかった。

朝いつもの様に支度して、海に着くと波は炸裂していた。。

こんな中、ノーリーシュで行くのかと思った僕は、小便漏らしそうなくらいビビり上がった。こっそりリーシュをつけていってしまった。

この弱気な姿勢がダメであった。

リーシュコードが悪いわけでは無く、つけたことで安心してそれに甘えたポジショニングをしてしまった。

 その日は、10feetくらいでいい波で人が多く、日本人が少ないカウアイ島は、ほとんどチャンスがない、しかしリーシュコードがあったのでこぼれ波にありつこうとしてしまい手前でポジショニングをしてしまった。

そこに、馬鹿でかいセットが入ってきた。

自分の場所に向かってリップが牙を剥いて迫ってくる。

その横から、まさかの老人がニーパドルで僕の手前を。。そしてほぼ一緒に巻かれてしまった。

サクッと僕のヘソの横を何かが切り裂いていった。

メチャクチャにもまれた後、老人と折れたボードが浮かんできた。

きっとこの板で切ったのだろうと思った。

その老人は後に「ジョンペック」櫛本さんの師匠だとは後に知った。

僕は、その後病院に運ばれるも、悔しくなり病院から抜け出し、それから一週間、「晒し」を巻いて、10fの大波にチャージし続けた。

多分、痛みであまり覚えていないがめちゃくちゃいい波だったらしい

最後のウネリでは、ハナレイのチューブを抜けることができた。

こうして、西村栄治と「カウアイ修行」1年目が終わった。

大波に向かうための生活リズムを叩き込まれ、ノーリーシュによる体験で、1本大事に乗るための心得を身につけた。

この後、日本に帰って自然治癒力で治そうとしたが3ヶ月かかった。

医者曰く、3センチずれていたらヤバかったらしい。

僕は極度に、バイ菌に弱くなってしまった。

やせ我慢せず、サーフィン中のけがは、すぐに病院の手当てにいくのをお奨めします。

この一年目のカウアイが完全に僕に火をつけた。

僕に試練を与え鍛えてくれた「西村栄治」さんのおかげで、陸でも海でも自分のルーティンを造る大事さを学ばせていただいた。

僕のかけがえない恩師で、この後僕とdove wet suitsを繋げてくれました。

次回もカウアイ島でのライバルについて話します。

山本博也

 

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