1987年メジャーになる前のモルジブサーフトリップ

1986年ダブのトップライダーで大活躍していた添田博道がプロサーキットの第一線を退き引退。この時期にダブ ライダーの久我孝男が圧倒的な強さで連続してグランドチァンピンに輝きJPSAサーキットでは、トップ16に7人のライダーが入りコンテストでの強さを発揮していた。

この年サーフトリップでは、カマラマンの木本直哉と初めてペルーに旅立ち地球の裏側でサーフィンを楽しんだ。

その翌年。
以前より気になり、行きたいと思っていたサーフポイントモルジブ。

ダイビングでは海水が透けて見えて綺麗なのでダイバーには人気らしいが、そこに波があるとOMツアーの丹野君から聞き出し、モルジブ行きのチケットと宿を手配してもらい、即会社の若いサーファーと成田から飛び立った。

コロンボを経由して、モルジブマーレ飛行場に到着したのは夜だった。飛行場と船着き場は繋がっていて、待っていたモーターボードに乗り込み暗やみの中、丹野君が予約済みのリゾートタリ ビレッジに着いたけど、朝になるまで何処に居るのかわからなかった。

朝、目覚めてリゾートの島を散策。歩いて20分位の小さい島だった

島の真ん中に池があり、種類のわからない見たこともない魚が泳いでいた。


小さな可愛いお土産物屋があり、のぞいてみたけれど、何も欲しいものはなかったなぁ…

リゾートのメインレストラン、そよ風がとても気持ち良く、朝 昼 晩と三食をここでいただく。

料理はビュッフェではなく、オーダーで注文出来るので、とても美味しい料理を毎日食べられたのは幸せだった。

この奥がパスタポイント

この場所が俺達の希望していたポイント(パスタ・ポイント)だ。
この小さなトロピカルな島(タリ・ビレッジ)の南側のリーフにそって規則正しくレフトの波がブレイクしている。

このポイントは、宿泊者しかサーフィン出来ないので、いつも2、3人でサーフィンを楽しめて混雑とは無縁のパラダイスだ。


パスタ・ポイントは、手頃な肩~頭の波が、朝から晩まで形を変えずブレイクしていて、かなり長ーいライディングが保証できるのと、裸でサーフィンが出来る気持ち良い場所だ。

島から沖のピークへのアクセスは簡単で、手前の膝位のゴツゴツした岩の上に波がくるので注意深く観察して、ボードの上に腹ばいになれば後は簡単だ。このポイントは、ピークに向かって潮の流れがあるから、かる〜く口笛でも吹きながら、パドルすればあっという間に誰もいないピークにたどり着くよ。


2、3日タリ・ビレッジでサーフィンして楽しんでいたある日、1人のコワモテの日本人が立派なボードで俺を訪ねて来た。OMツアーの丹野君に頼まれたみたいで、俺達をこのボートで、近くのポイントを案内してくれる優しい日本人だった。名前は伊藤と言っていた。

伊藤君のボードに乗り込み北マーレのポイントを案内してもらい、数えきれないほどの素晴らしいポイントを見せてもらった。

何かを見つめる伊藤君とは、この先モルジブのボートトリップにはなくてはならない存在となっていった。

どの島にもパーフェクトな波がブレイクしている。波の宝庫だ。

伊藤君が船を出してくれたので、見知らぬポイントに行ったり、釣りをしたり、イルカと遊んだり、モルジブが大好きになったなぁ。


グラッシーで透き通った海で泳ぐイルカの群れに間近で遭遇。手をパチパチ叩く伊藤君、イルカが近寄って来た気がした。


グーフィーもレギュラーもいきなりソコボレする様な怖い波では無く、どのポイントも長いライディングが出来て、どこもパーフェクトな地形と景色と人の少なさにビックリした。


モルジブは、超高級リゾートホテルが有り、そこまでのアクセスに水上飛行機を使うとてもリッチな気分を味わえる。

2001年、6月サーフコンテストにオニールチームがきていた。チームリーダーは、マーベリックスで有名になったジョイ・モリアリテイー。彼はこの時フリーダイビング中に事故でなくなった。同じポイントで何度かサーフィンをしたことを思い出す。
この時の出来事はいつか詳しく書くつもりだ。

俺の隣にいるオージーのトニーさん。この人は、アトール アドベンチャーズと言うオフィスをこのタリ、ビレッジに構えて、サーフキャンプと近くのポイントにサーファーをボートで送迎したりしていた。多分モルジブにサーフィン文化をいち早く持ち込んだ人物だと思う。

その後、タリ・ビレッジもこのあと大掛かりなリニューアルを繰り返した。この小さな南の島は、池を残して、立派な港と、ビーチにはパラソルが立ち並び、島の周りには立派な水上コテージも出来あがり、夜のディナーはドレスとスーツが似合うゴージャスなリゾートホテルに変わってしまった。

2004年ホテル名もシナモン・ドンペリと変わり、俺達が行ったタリ・ビレッジは姿を消した。島の南側のレフトの波とマークさんが残したアトール・アドベンチャーは、今でも健在しているが、マークさんもタリ・ビレッジと共に亡くなり、今は天国で安らかに眠っているのだろう。

今回初めてのモルジブは、1週間の短い旅だったが、1番興味深かったのは、どのポイントの島にも宿泊施設がなく、ボートでしかアクセス出来ない為、ボード・トリップしかないと言う事もわかった。

2、3年後、OMツアーの丹野君がモルジブのボードトリップを初企画したので、仲間を集めてカメラマンの水口君と旅立った。それから10数年間にわたり、毎シーズン仲間を集いモルジブの北マーレから南マーレまで、ある時はボードで3〜4日かけて、ある時は飛行機でと、まだひと気のないバージンウェーブをカメラマンと仲間達と思う存分サーフィンをしまくっていた。

ところが、2001年北マーレで、ASPがサーフィンコンテストを開催した頃から一気に混雑する様になっていった。俺達はずーっとドーニー(モルジブの伝統的な船で、木で出来ていて、4、5人しか乗れず、船底が低い為浅いサンゴ礁まで攻められるので、ポイントまで最短にアクセス出来る船だ)で、混雑知らずのパーフェクトウェーブを楽しんでたある年、多分2004年位からかなぁ、20人は乗れるでかい船が沖に現れ、その母船からドーニー位の船でサーファーが続々と現れて、ルールなどどっかにいってしまい、あっという間にポイントパニックになった。

それが普通になった北マーレには、2006年を最後に行っていない。

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